生活がすきな話

生活がすきです。

と、Twitterのプロフィールに、もう随分長いこと書いて置いてある。これは、本当にそのまま、言葉どおりの意味です。

寝たり、起きたり、ごはんを食べたり、服を着たり、掃除をしたり(あるいはしなかったり)、洗濯をしたり(ときどき溜めてしまったり)、買い物をしたり、好きなひとに会ったりする。そういう一つ一つのことを、楽しく行えるように、じぶんなりの工夫をするのがすきです。

それは裏を返せば、工夫をしないと面倒くさくてなんにも出来ないということでもあるのだけれども、だから、お気に入りであること、は、いちばん大事な工夫だと思う。

寝る前には、あした起きたらごはん(あたらしい炊飯器で炊いた美味しいやつ)に納豆(パキッとたれをかけるのが楽しいやつ)をかけて食べよう、と思ってほくほくして寝て、そしたら起きるのが楽しみだし、お風呂に入るのも、入浴剤(いろんな色や匂いの、おもに炭酸バブ)を選ぶのが楽しいからちゃんとお湯をはろうと思うし、似合う服(あるいは新たな組み合わせとか)を見つけたら、それを着て、外に出てみようかという気にもなる。

一つ一つ、じぶんが選んでいることを意識しながら、生活をするのが、すきです。

しかし時々、それは往々にして「忙しくて」なのだけれども、なにも選べないまま、あるいは選ぶ意識を持たないまま、ずるずると日々を送ってしまうことがあって。よくないなあと思う。

徹夜仕事をしたり、掃除をしなかったり、洗濯物をためてしまったり、することが、あってもいいと思っている。ただ、それをじぶんに許すことを、じぶんで選んだ状態でありたいなと思う。

忙しない日々でありますが、きょうは久しぶりにゆっくりネギを刻んだりして、そんなことを考えました。

じぶんの人生を、気に入っていられたらいいなあ。キッチンと精神の衛生はつながっているなあ。

全然ひばりの鳴かない頃

夜中にファミリーレストランで仕事をした。
家のちかくに深夜3時まで営業しているファミリーレストランがある。
土地柄か、夜なべ仕事をするクリエイター職らしき客が多く、
ドリンクバーだけで粘っても店員さんは慣れた様子でにこやかだ。
これはとてもありがたいことです。

わたしは、冗談みたいに甘いバナナ・オレをがぶがぶ飲んだ。
ファミリーレストランには真面目に仕事をしたい時に行くので、
行ったら大抵は真面目に仕事をするわけなのだけれど、
とくにコピーライティングの仕事をする際には、
甘いものを体が欲する傾向がある、と思う。
その店のバナナ・オレはひどく甘い。
なにかを間違えたみたいに甘い。
だけどわたしはその味が好きだし、わたしのような甘党が、
世間には案外たくさんいるということなのだろう。
これはなかなか心強いことです。

きょうは比較的よい仕事ができたように思う。
じぶんの感性と合致した仕事に関われるのは、うれしいことです。

近所のファミリーレストラン。
深夜3時まで営業してくれるのは便利だけれども、
深夜3時に店を出て家まで歩く数分間の夜道が、すこし怖い。

空腹迷子

はやく人生のすべての月日が過ぎ去ってくれたらいいのになあ。などと思い始めるのは大抵月半ば。

心は体のおもちゃである、
と昨日読んだ小説に書いてあって、
ほんとうにそう。
笑ってしまうくらいに。

息をしていれば、月日は過ぎる。
そのことを心から有り難く思う。
息をしているだけで、埃もたまる。
それは少しだけ、申し訳なく思う。
ありがとう。ごめんなさい。

あきらかにお腹が空いているのに、
なにを食べたいのかが分からない。